庚申塚墓地

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タイトル (Title)

庚申塚墓地

詳細 (Description)

 奈良橋五丁目に庚申塚墓地があります。村山貯水池に沈んだ内堀の里から、大正8年(1919)、阿弥陀堂と共にこの地に移って来ました。報告書などには「庚申墓地」と記載される場合もありますが、このページでは、地元で普段使われている「庚申塚墓地」とします。
 墓地内には、内堀の里の皆さんが大事にし、東大和の歴史の上でも貴重な石造物が一緒に峰を越えてまつられています。
墓地の由来
 現在の庚申塚墓地は何区画かに分かれていますが、六地蔵尊のまつられている地域が最も古い区域です。
 その六地蔵尊の台石に墓地の由来と墓地整理誌が刻まれた石版が張られています。
 今も忘れ難い内堀の里から大正五年(1916)春、村山貯水池工事のため、やむなく此の奈良橋に居を移し、同八年(1919)、墓地を求めて墓碑を移転した。その後、戸数が増加したので之を整理して分家に分け六地蔵の再建供養に当たって大略と移住者氏名を記し後に伝える。
 昭和二十六年三月 彼岸日
内堀 14名
中村 2名
肥沼 2名
 もう一面の墓地整理誌には、阿弥陀堂の動向に触れながら、その跡地の整理、墓地の分譲についてが刻まれています。
墓地整理誌
 その昔、内堀の里人の娯楽の場であった阿弥陀堂がこの地内に移築されてあったが、年を経るに従い堂も荒廃し、今はその必要もなくなり、昭和三十一年取り壊されて、その跡を整理して墓所となし、希望者に分けた。昭和三十八年墓地の周囲に塀を造り、同四十一年より各墓地の境界塀を築き昭和四十四年完成した。この間に二回にわたり新規加入者があった。左にその氏名を記す。
 昭和四十五年三月彼岸日
 内堀専司記す
 昭和三十八年加入者 内堀10名 内野1 海津2 植松1 肥沼2 小島1 中村2 町田1
 昭和四十四年加入者 内堀5 乙幡1 神谷1 岡崎1 鈴木1 金子1 関口1 関沢1 中村1 水野1
阿弥陀堂
 墓地整理誌に記される阿弥陀堂は集落の西側にあり、無住でしたが村人の何よりの集いの場でした。『多摩湖の歴史』は次のように記します。
「一〇畳と六畳の二部屋からなり、正面に阿弥陀如来が安置されていた。屋根は茅葺であった。
 堂は葬儀の時、その他寄り合いの席ともなった。春・秋の彼岸には念仏講がおこなわれ、四月八日の「花まつり」には念仏講中の人が集まり甘茶で灌仏(かんぶつ)をしたり、お参りに訪れた子供達や大人に甘茶を御馳走した。
 村に疫病が流行ると、村中に触れを出して集まり、堂の前で大きな数珠を繰り廻して念仏をやり、病気の退散を願った。」(p275)
庚申塚墓地の石仏
 庚申塚墓地には貴重な石仏がまつられています。東大和市最古の馬頭観音、あくまでも「内堀村」を主張して台石に刻んだ子抱地蔵尊などが集まっています。
蓋付六面地蔵尊
 庚申塚墓地の中でも最も古い地区の入り口中心にまつられているのが蓋付六面地蔵尊です。内堀の里から移りました。
台石には
開眼道師 仏眼寺二十七世 諦円
明治21年(1888)4月 内堀(11)、中村(6)、榎本(5)、関下(2)、杉本(2)、肥沼(2)、宮鍋(1)、計29人の名前が刻まれています。
 開眼の時には、所沢市久米の仏眼寺住職が道師をつとめています。
内堀の里からの石仏
 庚申塚墓地には内堀の里から移された石仏が集中してまつられています。
①舟形地蔵尊(明和6年・1769、明和元年・1764) 
 
正面 
 沙弥即心法師 明和六年(1769)五月二十八日
 自然法師   明和元年(1764)十月十九日
  霊位
②自然石供養塔 文政(1818~1829)
 摩滅が烈しく次のように読み取れます。
正面
 □□法師 文政□□□
この①②の供養塔は阿弥陀堂に関係した法師を供養した石仏と思われます。
庚申塚墓地の旧地
 村山貯水池に沈んだ内堀の里とその移転地、庚申塚墓地の位置関係は次の模式図の通りです。
『多摩湖の歴史』は、神社・寺・墓地の移転として次のように記します。
 「住みなれた地を去るに当って、住民は五〇○年の歴史をもつこの地に残る、神社・寺・堂・庚申塔・馬頭観音に至るまで、すべてのものを適当な地に移したのである。墓地は共同して土地をもとあ、各戸は祖先の遣骨を掘り、墓石を移し、堂を移し、祭り、行事も変りなくつづけられたのである。」(p294)

Item Relations

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Collection

Citation

“庚申塚墓地,” 東大和デジタルアーカイブ, accessed 2024年11月25日, https://h-yamatoarchive.sakura.ne.jp/omeka/index.php/items/show/1787.